2024.07.06 04:43『神皇記』の神武東征を書いた部分 第一編神皇之卷 神皇 第一章 總説 神皇第五十一代、鵜茅葺不合尊(うがやふきあわせず)、諱(いみな)彌真都(みまつ)男王尊(ホツマツタヱでの斎名は「カモヒト」)、即位六年六月二十日、全國、地大(おおい)に震ひ、山岳崩潰、黒泥(こくでい)噴出。翌年、天下大(おおい)に餓(うえ)う。神皇諸々の皇族を率て、全國を歴巡して救恤(きゅうじゅつ)(困っている人に見舞いの金品を与えて救うこと)ましましき。 三十六年六月、禍津(まがつ)亘(わた)理(り)命(※注一:八十禍津日の子孫で越の國の亘理から大和の名張に来た)は、神皇第四十六代鵜茅葺不合尊、諱種越彦王尊、五世の孫、真佐勝彦命(新羅王朝の大王か?)を奉して反(かえ)す。 木山國(きやまくに)の初世太...