2025/08/25(更新)
日本の部族に関して調査をしている人は私しかいない可能性があります、というのも地域を示して出雲族とか隼人族という言葉はあっても、紀元前にあった日本の部族は動物などをシンボルにしていたのでほとんど知られていない為です。
『神皇記』には「猿、龍、松、鶴、亀」などの動物が登場しますが、これは部族名を比喩して表現されており、部族を指す言葉として動物名を使っていた事が推測されます、その中で日本の三大部族と呼べるものがあります。
○ナーガ族(竜・龍・釈迦族・龍王族)
○熊一族(熊野)
○狼一族(高龗・闇龗・木野山様・才ノ神・狼一族・イヌ一族・天狗族ほか)
この項では狼一族とイヌ一族について述べておきたいと思います。
狼とイヌには部族名の違いの他にも属性として「地神・天神・空神・十二支」などがあり、例えば空神のイヌであれば「天狗族」だとか、十二支のイヌならば「戌(イヌ)族」などの細かい部族の違いもあると思います。
狼を祀る木野山神社は岡山県高梁市の木野山神社が元であり、本来の祭神は「高龗・闇龗」と考えられ、この二人が「狼」と伝わる事から「狼を祀る神社」として知られています、龍海の考えでは高龗(たかおかみ)・闇龗(くらおかみ)の二人共に部族は狼一族ながら龍王族の血を引いており「雨を降らせ、止ませる神様」として多くの神社で祀られています。
雨を降らせる権能は龍神(龍王)によるもので、伝承地の様子を聞くと人工降雨の方法を知っていて、日照りの場合には雨を降らせる神事を司っていたと考えられる事から、狼一族の中で龍王族の眷族としてあった部族が高龗・闇龗と考えます、そして木野山様は闇龗の息子と考えられ、八大龍王の居た岡山県に土着していることを考えても龍王族の眷族として行動していた事が考えられます。
龍王族系の神社には100%近く「磐座(いわくら)」がありますが、木野山神社には磐座も縦岩(※龍宮系の神社にある最古の鳥居)もありませんでした、よって龍王族の眷族ではありましたが祭祀は狼一族のものだったと考えられます。
姓を「狼」とした一族も居た事が分かっており、狼山が二つ山口県と島根県の奥出雲に山名として残ります、姓を狼としたグループは地神と推測しますが、決定的な情報は見つけていません。
天神の狼一族(略して「天狼」)は「漢数字の一族」と考えており、BC2C頃から存在し、最初は熊本県にいた様子が残っています、BC1Cのイザナミ(八倉姫・倉稲魂)の時に最も強い勢力を誇り戸一族との復姓である「八戸」の地名が最も多く残ります。
漢数字は分家する毎に数字が増えていきますが、戸一族との復姓を調査した時に分かった姓として「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、二十、三十、四十、五十、百、千」まで確認できました、だから千利休なども天狼の末裔と考えられます。
イヌの一族は独立した一族なのか、狼一族の支流なのか明確な答えはありませんが、龍海は狼一族の支流と今は考えています、イヌの一族には「犬・戌(イヌ、軍用犬、狩猟犬)・狗(イスラエルのジャッカル)」の3つの漢字で分けられる部族があり、それぞれに成り立ちが違うと考えます。
天狗族は青森県に「天狗は赤人の大将」と伝える事から赤人(アラブ人やヘブライ人)を指す事やキリストの墓など、イスラエル系の事を伝えているのでイスラエルに由来する部族と考える事が出来ます。
「狗(イヌ)」という漢字を象形文字から解釈すると「犬と区別すべき動物」という解釈になりますが、イスラエルにはキツネや狼に似た「ジャッカル」という動物がいますので、龍海はジャッカルを「狗」と書いたと考えています、キツネとよく似ていると書きましたが、それを補足する情報も残っています、『日本書紀』には「天狗」と書いて「あまつきつね」と読ませていますので、狗(イヌ)とは天にいるキツネと認識していたようです。
実際には動物名の狗を部族名とした「天狗族」が居るわけですが、イスラエルに土着したのはヤコブの息子達です、ヘブライ人の人数を調べると200万人もいたと推測されており、日本へと帰り天狗族となったのはヤコブの子孫達とヘブライ人との間に生まれた子で家臣の扱いだった人達と考えられます。
私の研究では釈迦族は龍王族と名称を変え日本へと帰って来ていますが、インドでは釈迦族は滅ぼされたと伝えています、これは釈迦族の居なくなった国をコーサラ国が譲り受けただけで、別に攻め殺された訳では無い事を突き止めています。
同じようにイスラエルはAD70年頃にローマによって支配されていますが、その前のBC1C頃にイスラエルを率いていた日本人は大挙して移動しており、残っていたヘブライ人を支配したのが真実では無いかと考えます。
龍王族の総数は5万人規模と考えていますが、この中のかなりの人数がイスラエルからの天狗族と考えられます。
才ノ神は部族名を「才ノ神」としますが分家すると身体の部位を名乗り「才ノ神-足名」とか「才ノ神-手名」とか名乗り、「頭、脛、尻、首」などの身体の部位を名字や地名に見かけたら才ノ神の一族と考えて良さそうです、手名槌や足名槌とは才ノ神-手名と槌一族を率いる職名と考えられ、因みに手名槌は『神皇記』の記述が正しいと考え男だと龍海は考えています。(※因みに伊斯許理度売命も女性と考えられていますが、龍海は男性だと考えています。)
突厥に伝わる伝承に「突厥人は匈奴の別種(古くに分かれた同種異族)で、姓は阿史那氏という。」と伝え、日本の狼一族に生まれた子供が阿史那(あしな)と名乗り、突厥を率いたと解釈できます、この阿史那(あしな)=才ノ神-足名の事では無いかと龍海は考えていますが、恐らく正しいだろうと踏んでいます。(※匈奴の中にも日系の匈奴があったと認識しています。)
最後に犬一族ですが、祭神として「天活玉命」や「大縣大神・玉姫命」などの名前が見える事から、龍王系(※玉一族は龍宮の孫と考えられる一族)と考えられ、BC1C~AD1C頃より姓を「犬」とし十二支の「戌(イヌ)」も犬一族の眷族としていた様子が福井県の大野市犬山などに残されていました。
義経のチンギス・ハン説なども日本人とモンゴル系との結びつきが強かった事を物語っていると考えられ、真偽はともかく、全くあり得ない説では無い可能性を秘めていると考えられます。(※でも時代が合わなかった気がしますので、義経の息子か孫ならあり得るのかも...)
とりあえず現在、分かっている事を文字にしてみました。
古代史を考える上では十分では無いかと考えます、漢数字の一族は現代でも新潟県に集中して住んでいますので「越の国」との関連が強く疑われます。
今後の皆様の研究にも期待します。
龍海
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